このページは、久川がかつて1999年に立ち上げてクローズした趣味サイト『GUNDAM DICTIONARY WEB』のリサイクルページです。
なお、まさかとは思いますがこの記事は 99.25 %ほどフィクションですのでそのつもりでお目通しください。
私が降り立ったのは、冬の小豆島――。
寒村の宿坊を改装して作られたアトリエは、柿畑氏の私邸も兼ねていた。
彼は土間に立ち尽くす私を一瞥すると、ずれた老眼鏡を直し、再び作業――伝統工芸「ザクキャノン駒」造りへと戻った。
「いつまで突っ立ってるんだ、温度が変わっちまうから戸を閉めて早く入ってこい !!」
柿畑氏の怒声は、2日掛けてようやくこの小豆島に辿り着いた私にとって、なんとも手荒い歓迎となった。
特産のそうめんで柿畑氏が私をもてなしてくれたのは、作業も一区切り着いた十分ほど後のことだったろうか。
「あんたが久川さんかい。さっきは怒鳴っちまって悪かったね。だけど、ザクキャノン駒ってのは温度が命なんだ。炉の温度が一度変わるだけで、ザクキャノンはザクキャノンの形を保てなくなる。キャノンが折れるんだな。最近じゃあ、白兵専用のギャンに大砲つけてギャンキャノンだって騒いでる若い連中が居るらしいけど、俺に言わせりゃあ……へへっ」
大きな黒縁の老眼鏡、耳のあたりに申し訳程度に残った白髪、しわがれた声。典型的な「お爺ちゃん」の風貌を持ちながら、眼の力だけは若く強い。永年のザクキャノン駒造りで、柿畑氏の親指と人差し指の付け根には大きなマメができていた。
おいしいそうめんを戴いた後、私は取材に取り掛かることにする。
――柿畑さんは、なぜザクキャノン駒を作ろうと思われたのですか ?
「いろいろあるがね。ただ一言でいうと、出会っちまったんだなあ。ザクってのは、主役じゃあないし、しかもそのザクにもいろんな種類がある。砂漠が好きなやつ、海を泳げるやつ、脚がキャタピラになってるやつ。だけど、そんな中で一番格好のいいザクは何だって考えたとき、俺にはザクキャノンしかなかったんだな」
立ち上がり、戸棚から桐の箱を取り出した柿畑氏。
蓋には毛筆で「ザクキャノン」、そして「豊文(ほうもん)」の朱印。
豊文とは、砲門を引っ掛けた柿畑氏の号である。
箱から取り出されたのは、全体を銀箔に覆われた見事なザクキャノン駒だった。
それは見る角度によって鋭く、箇所によっては鈍く輝きを変え、まるでザクキャノン駒そのものが光源を持っているかのような、美しい艶を見せていた。
――柿畑氏は言う。
「エム・エス・ブイってのに、イアン・グレーデン中尉ってのが居たろう。あいつが乗っていたのが、この耳付きのザクキャノンだ。俺たち職人の間では “唐鉄砲” って呼ばれてるけど、あんたみたいな若い人は知らないだろうが、あれが出てきたときは結構さわがれてなあ。肩の色づかいが蜂のようになっていて、フアンの中でも好き嫌いが分かれたもんだよ。ほら、京都のほうに加登木流ってのがあるだろう。あすこのお師匠さんが、ザクキャノンの出っ歯をなくしちまった張本人だな」
言いながら、セブンイレブンの袋からブリトーを取り出し、レンジに入れる柿畑氏。
目分量でグイッとつまみを廻し、スイッチを入れた。
「ブリトー1個に5分(500W)は長いよ」とも思う。
「ゼーターのジャブローで戦う場面でも、確かザクキャノンは出てたな。あのときばかりは俺たちも震えたよ。民営化で国鉄を追い出されるちょっと前だったから、みんな羽振りもよかった。いまこの島でザクキャノン駒を作ってる連中は、みんな国鉄のOBばっかりだよ !」
オッサンみんなして何やってんだとも思いつつ、私は眼前の「ザクキャノン駒」に心奪われていた。
ご存知のない読者のためにも書いておくが、ザクキャノン駒とは、プラモデルとは異なるものである。
ガンダム・コレクションシリーズや、ボトルフィギュアとも違う。これは「ザクキャノン駒」という伝統工芸品であり、他に類似する何物もない。
手に触れると冷たく、しかし所々あたたかく、ピカピカとしている部分もあれば、ザラザラしている部分もある。有機的なのだ。
見てくれもプラモデルとはまるで違う。
肩のスパイク部分は、クリアーを吹いたのち 2000 番のサンドペーパーで削り、さらにタミヤコンパウンドの粗め→細かめ→仕上げで丹念に磨き上げたかのような見た目と質感がある。もちろん、ザクキャノン駒はプラモデルではない。
脚の部分は、パテを叩き置きした上に粗めのサンドペーパーで下地を作り、ところどころリューターで傷を入れ、ドライブラシで影を入れた後つや消しで仕上げたかのような見た目をしている。
繰り返すが、ザクキャノン駒はプラモデルではないのである。
そんなザクキャノン駒を丹念に眺めるうち、電子レンジの加熱終了音が鳴った。
私は、それにはまるで意識を払っていない素振りで、ザクキャノン駒を上から下から舐めるように、その造形美をさも心に焼き付けているかのような芝居をしたが、柿畑氏の身には、やはり私の想像通りのことが起きた。
「アチッ ?!」と叫び、ブリトーの袋をポテンと地面に落としたのである。
だからブリトーに5分は長いって。
おそらくは盆栽用であろう、鋳物のようなハサミでビニルを切ると、老人は皿の上にブリトーを開けた。チーズの香りが部屋中に広がる。
ていうか、いいなあブリトー。俺もブリトーがよかった。他人の家で食うそうめんは軽くえずきそうになるんだもん。
ブリトーをかじる柿畑氏に、私は質問を続ける。
――私たち現代人は、ザクキャノン駒をどのように考えればいいのでしょうか。
「考え方は人それぞれだろうけど、私なんかは【ジオンの精神が形になったようなもの】と考えることにしてるよ。今は、ケータイだインターネットだって、人間関係の希薄なデジタル社会だけれど、いずれみんなザクキャノン駒に還ってくる。その日のためにも、死ぬまでザクキャノン駒を作り続けるよ俺は」
よくわからぬ現代批判の例に使われて、ケータイやインターネットこそいい面の皮である。
最後に私は、一番気になっていたことを、勇気を出して聞いてみた。
――ところで、このザクキャノン駒、一体何に使うのですか ?
老人は絶句した。
「何に……って、あれだよ。将棋やすごろくなんかでも、駒ってのがあるだろう」
――主に、将棋やすごろくに使う駒と考えてよろしいのでしょうか。
「いや、将棋とかすごろくってのは物の喩えで、これはザクキャノン駒っていうひとつの物なんだよ」
――わかります。しかし、どんな物にだって使用目的とか用途とかいうものがあると思うのですが、これはプラモデルやフィギュアのような愛玩用と考えてよろしいのでしょうか。
「だからこれはザクキャノン駒なんだよ。ザクって知ってるかいあんた」
――するとこれは、ザクキャノンを模造した物、バンダイやサンライズのライセンシーを取らずに作られた、ひとつの偽造プラモデルと考えるべきものなのでしょうか。
「うううるさいよあんた、ザクキャノン駒をバカにしたいんだったら帰ってくれ !! あんたみたいな若造に話すことなんか何もない !! もう結構だ !!」
柿畑氏逝去の報せが私のオフィスに届いたのは、それから三日後のことであった。
今回のインタビュー、いかがだったろうか。
三十余年を経て、いまだ色褪せることのないガンダムの魅力を、スミス・柿畑両氏は語ってくれた。
そして、良い作品は国籍も言語も年齢さえも飛び越えてゆくことを、私は知った。
次回のインタビューでは、ガンダムの魅力が国籍や世代だけでなく「種族」をも飛び越えてゆくことを証明しようと考えている。
ウクライナのポルタヴァ州で「奪回! コア・トップ」 (ガンダムZZの17話) を見続けているシュナウザー犬・シモンくんと、その飼い主ベレゾフスカヤさんへのインタビューを、ぜひ期待して欲しい。
(インタビュー・柿畑老人篇、了)
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Author ウェブデザイナー久川智夫
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