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なお、このコラムの執筆は2006年であり、その後に発表された作品の中で塗り替えられた設定等があるであろう旨、ご考慮いただいた上でお読みください。
圧倒的な技術力を誇りながら、ムーンレイスは地球を平らげることができなかった。
ミリシャの戦力は第一次大戦前後とほぼ同レベルのもので、ホワイトドールこと∀ガンダムの発掘がなければ、とても勝ちうるものてはなかった。
ではなぜ、ムーンレイスは大人と赤子ほどの戦力差を誇りながら、あえなく敗北したのか。
現地調達に物資を頼るような兵站の軽視、ミリシャの頑強な抵抗、ディアナの統率力不足とフィルの反乱などいろいろ挙げられるが、そのひとつの要因として、ムーンレィスの「軍事的な不慣れ」を指摘することができる。
「闘争本能」を嫌う彼らの性向を考えればやむないことながら、アジ大佐が射殺された後のディアナカウンターの迷走ぶりは、それをよく物語っていた。
Contents
アジ大佐の暗殺後、フィルは特進して大佐に昇ったとされるが、ソレイユにはミラン以下数名の執政官はいたものの、彼に大佐昇進の辞令を下せる高官は存在しなかったと考えられる。
フィルはソレイユ付きの参謀の一人であり、例えば、専守防衛を謳う自衛隊の装備から外地戦闘用のオプションが特に外されるよう、闘争本能の再現を嫌う月の保守派を説得するため、ソレイユにはディアナ未満は全て佐官以下の人物が添えられていたのではあるまいか(現代ではスイス軍がこのような軍制であるという。時代と国によっては戦時・平時編成で最高位が異なる軍隊もあったらしい)。
つまり、ディアナカウンターの総司令官たるディアナまたは逮捕されたグアビィエ長官(あきまん外伝)の後任者からの辞令がない以上、フィルの大佐昇進や司令代行就任は、どうにも僭称を疑わざるをえないし、補給などの点において、月本国からの積極的な支援はなかったものと考えるのが正しいだろう。
(ちなみに、あきまん外伝におけるディアナの閲兵式のシーンで、グアビィエ長官のすぐ隣にアジ大佐が立つコマがある。ディアナカウンターの将官は、月本国にさえ存在しなかったのではあるまいか。サンベルト共和国などという偽国を打ち立てたフィルである。軍制からひっくり返して、自ら元首兼最高司令官兼元帥を名乗ればよかったのに、それをしなかったのは、あるいは大佐以上の概念が、彼らの中にはなから無かったのかも知れない)。
それらフィルの事情は置くとしても、たかだか数隻の戦艦、五万そこらの将兵を率いて広大な地球に降り立ち、そこで植民を進めるというディアナの計画にはそもそも無理があった。確かに戦力は圧倒的だったが、不慣れな兵士が指導者を欠き、本国の支持のない作戦に臨んだのだから、なおさら成功する道理がない。
ディアナが行方不明になった以上、月ではアグリッパ派の盛り返しが予想されるし、そんな状況で兵站の確保や、第二次、第三次の移民を求めるのは難しいだろう。地球帰還作戦は、ディアナが月への影響力を失ったが最後、瞬時に破綻するはかない夢なのだ。
フィルの反乱は、占領地の広大さと彼我戦力差を甘く見た民政官僚の無謀に、これまた投機的野心を持った市民軍の団長さんが乗せられた軽挙といえるのではないか。
(新書版におけるフィルは、ミランよりかすかに立場を上にし、アニメ版のフィルは、ミランを尊重する態度を見せていることから、新書版のフィルは力で権力をもぎとり、アニメ版のフィルは、ディアナへの逆心にやましさを抱いていることが窺える)。
かつて地球連邦軍では、ティターンズは正規兵より二階級上の扱いをうけ、憲兵のような奇妙な役割を担っていたが、ムーンレイスもまた、ハマーンのネオ・ジオンに負けず劣らず不思議な組織構造(ネオ・ジオンでは、ハマーンお気に入りの美青年将校が権力を握り、階級といったものは表向き存在せず、部下は上官を○○様と呼ぶ)を持っていた。
次は、令外の忠臣ハリー・オードの立場について考えたい。
ひとつ指摘できるのは、ディアナもアグリッパも「身分の低い側用人を重く用いた」ということだ。
ディアナカウンターの創設前は、月の軍組織はギンガナム艦隊しか存在せず、艦船の大切さなど考えたこともなかったろうが、ギンガナム討伐に用いられたホエールズのダイスケ艦長は、尉官であるハリーの下にあった。
ハリーがディアナの近衛だった点を差し引いても(ディアナ失踪前からフィルはハリーに高圧的だったが)、旗艦の艦長が尉官では艦内の秩序が乱れるし、ハリーら親衛隊の立ち位置が宙に浮く。パイロットのほうが階級が上というのでは、戦闘指揮が執りにくいだろう。たのしくゆかいなバイク戦艦(クロノクルは大尉で艦隊司令官)ならまだしも、ソレイユは女王の座乗艦である。艦長が下っ端では心許ない。
では、ディアナは何故こんな人事を許したのか。
おそらくこれは、フィルの二の舞を防ぐためではなかったか。
途上国でクーデターを起こす指揮官は佐官が多いが、これは現場の兵士に直接命令できる、中隊長クラスの「ちょうどいいポジション」だからだ。
フィルもまた、慣れない地球でその対応に苦慮する兵たちをまとめあげ、実権を掌握したのだろう。
女王の目が直接光っておれば、そのような企みは事前に排除できるとディアナは考えたのだろうが、フィル&ミラン・ラインと、親衛隊ラインのパワーバランスの調整を、彼女はものの見事に失敗した(それはディアナ失踪後に露見する。おそらくアジ大佐が存命だったとしても、ソレイユ以下あれしきの戦力では恫喝にもならず、ミリシャは好戦的であるし、ホワイトドール発掘で自信もつけた。ディアナの望む平和的な地球植民は失敗したであろうし、月からの工作に阻まれ、あるいはフィルのクーデター以上に悲惨な結末を移民団にもたらしたかも知れない)。
つまり、再度のクーデターを恐れたディアナは、ホエールズにハリー以上の階級の者を乗せられなかったのではあるまいか。
今回の戦乱で、真に信用に足る者はハリーしかおらぬと悟ったディアナは、ハリーに絶対的な指揮権を与えたかった。
しかしハリー一人を特進させたのでは、当のハリーはさておき、その部下たちも昇進させずにおれない。すると、戦後に親衛隊やホエールズ経験者が軍閥化するおそれがある。
第二のフィル、第二のギンガナムを生み出すわけにはいかず、彼女は「相対的に階級を上げる」のではなく、後醍醐帝が七位クラスの大楠公に心を寄せたよう「階級の低い者を重用する」という手段を用いたではあるまいか。
ロランらの振る舞いから、既成の軍人然とした軍人より、立ち上がる市民のほうが頼みにできると考えたのだろう(アグリッパのソレイユ2番艦を接収せず、艦に「おゆるり」デザインのクジラが描かれているのも、その裏打ちとなろう)。
その後の対応は、ディアナも賢明だった。
市民軍ではない「市民」を重用しつつ、一方で帰順したフィルを赦し、ソレイユ参謀の地位に復活させた。フィルはディアナに負い目がある。ギンガナム討伐に功あろうとも、さらなる出世を望むことはないだろう。
ディアナカウンターを解散すれば、元々が市民軍であるフィルらは一市民に戻るし、仮に月で有事が起ころうとも、ソレイユ勢・ホエールズ勢の忠実な、ディアナにとって扱いやすく精強な実戦経験者が手に入る公算が大きい。
ムーンレィスの艦長軽視――というより現場指揮官の軽視は、他の点からも窺うことができる。
それは、ミドガルド大尉の大逆未遂時の対応だ。
彼はアグリッパを殺害後、ディアナにまで銃を向けた。
その後すぐさま拘禁されるも逃亡。部下を従え、いとも簡単に戦艦ジャンダルムを奪取した。
自らが女王に手向かったことはクルーたちにも明かさなかったろうが、これとて、艦内に憲兵なり事情の分かる兵士がおれば事前に防げたことだ。
アグリッパの特命を受けた工作員である彼を制止するのは、確かに階級が上だとかそういうだけでは難しかったろうが、ジャンダルムに艦長(ミドガルドのような工作員ではなく、現場指揮官)が存在すれば、この厄介な奉公人を取り押さえることは充分可能だったはずである。
アグリッパの陰謀が自在に張り巡らされた裏には、ムーンレィス末端の、こういった杜撰な組織体系があったのではないか。
グアビィエのように、長官職がカネで買えるムーンレィス社会である。地球への望郷の念は強かろうが、ディアナカウンターの組織としての完成度は低かったに違いない。
かつてガンダム作品に登場した様々な組織を見比べてみても、ムーンレィス指導部の形態は歪であり、矛盾そのものである。そして、その矛盾はディアナのウィルゲイムへの情に発している。
ディアナは「地球降下」を題目として国民を鼓舞したが、ナンバー・ツーであるアグリッパは「闘争本能の目覚めを呼ぶ」として地球を嫌い、かたや戦争が始まると地球の「蛮族」と結んだ。
ナンバー・スリーのギンガナムは、2500 年もの長きにわたり演習を続けるフラストレーションの塊だった。
そもそも月の国是が「民衆に闘争本能を呼び起こさないこと」であるのなら、内乱鎮圧の部隊のみを残して解体してしまえばよかったのだ。
現代日本のように警戒すべき他国が存在するのならまだしも、ムーンレィスの敵は存在せず、格下の地球軍相手にディアナカウンターという私兵集団を別個こしらえたのでは、ギンガナムとて「誇りを奪った」と言い出すに決まっている。
煎じ詰めていえば、ムーンレィスたちはことさら「現場指揮官」だけを軽視しているのではなく「軍事力」そのものを軽く考えているきらいがある。ディアナもアグリッパも、「軍隊は大事なものだが玩ぶと痛い目をみるよ」という、軍隊の扱い方のイロハが分かっていないのだ。
正暦 2345 年に実施された地球帰還作戦の失敗、そしてその後の戦乱は、ディアナの失政――というより、ウィルゲイムにまつわる私情から始まったといってもさしつかえなかろう。
ムーンレィス社会に地球降下への願いがあったとて、ディアナが地球帰還を実行に移さなければ、アグリッパは陰謀を巡らせることがなかったし(新書版は、その前に発狂していただろうとする)、ディアナカウンターがなければギンガナムは勝手気ままに鷹狩りを続けていたろうし、フィルもミランも、ディアナの描いた「平和的な地球帰還」という夢物語を追わなければ、クーデターに及ぶことはなかった。
実は、ディアナはグエンを見下したり、キツイ目で睨んだりすることはできないはずである。
グエンは月の技術力を奪って地球を興そうとしたが、ディアナは月の技術力に物を言わせて地球に根付こうとした。
このモデルがパレスチナ紛争にあるというのはファンの間では有名な話だが、軽くフィルムを見ただけでは、ディアナは善人に見えてしまう。
ディアナ・ソレルが聖人君子ではなく、人間的な面を持ちつつも、さらに一方「明らかな侵略者」であることを認識した上でビデオを見ると、新しい発見があるかも知れない。
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Author ウェブデザイナー久川智夫
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